小島一慶 死去の件はマジ!?

今話題になっているキーワード、小島一慶 死去に関連する情報をまとめみました!

 

それでは早速、

小島一慶 死去が話題になるきっかけとなった記事の内容を見てみましょう。

 

こちらが話題の元になっているヤフー記事です。

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小島一慶 死去についてのニュース記事

TBSの深夜ラジオ「パックインミュージック」のパーソナリティーなどを務め、1970代から80年代にかけて絶大な支持を集めたフリーアナウンサーの小島一慶(こじま・いっけい、本名一慶=かずよし)さんが23日、肺がんのため、都内の病院で死去した。75歳。長崎県出身。

【写真】記者会見で笑顔を見せる小島一慶さん(92年撮影)

TBSの局アナながらいくつもの冠ラジオ番組を持ち“ラジオ界のレジェンド”として人気を博した。深夜番組で若者層を開拓。TBSの後輩生島ヒロシ(69)も「話のデフォルメをさせたら当代一だった」と敬意を抱く存在だった。

小島さんは元々役者志望で舞台中継を希望していたが、68年にTBSに入社してアナウンサーに。独特の甲高い声と軽妙な語り口が持ち味で、先輩の久米宏に続いて人気番組「ぴったし カン・カン」の2代目司会者を務めた。90年に同局を退社し、フリーに転向。

91年に不倫騒動で番組を降板。その後もバラエティー番組「どうぶつ奇想天外!」のナレーションなどを担当したが、再び女性問題を起こし、08年12月に降板した。2014年に復帰後はラジオを中心に活動していた。

◆小島 一慶(こじま・いっけい、本名かずよし)1944年(昭19)10月2日生まれ、長崎県出身。68年に日本大学芸術学部放送学科を卒業し、TBSに入社。69年にTBSラジオ「ヤングポップス1010」のDJに抜てきされる。70年に「パックインミュージック」を担当。77年に「ロッテ歌のアルバム」でテレビ初登場。84年に「ぴったし カン・カン」でゴールデン帯初のメイン司会を担当した。90年に同局を退社し、フリー。趣味は麻雀、俳句など。

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小島一慶 死去に関連するWiki情報

小島 一慶(こじま いっけい、1944年10月2日 - 2020年4月23日)は、日本のフリーアナウンサー。元TBSアナウンサー。「玉藻」同人。
本名は同じだが、「いっけい」ではなく「かずよし」と読む)。長崎県長崎市出身。

 

ふむふむ・・・

小島一慶 死去について、世間の反応はどんな感じか気になりますね?見てみましょう。

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小島一慶 死去についての世間の反応

女性問題が無かったら、みのもんたと同じ位は活躍してたと思う。
声も良いしルックスも当時のアナウンサーでは爽やかなカンジだった。

小島さんと言えば『ヤンマーファミリーアワー 飛べ!孫悟空』で案内役をしていた事を思い出す。特徴ある声で、好きでした。
天国でそんごくう(志村けんさん)とさんぞうほうし(いかりや長介さん)と再会となりますね。
ご冥福をお祈り申し上げます。

まだ中学生の頃、夜に勉強する時のお供が「一慶・よしおの夜は友達」でした。
ラジオを聴く習慣がついた初めての番組だったこともあり、とても感慨深いものがあります。
林さんはお若くして逝かれてしまいましたが、いよいよ一慶さんもなんですね…
志村さんの時も思いましたが、これから若い頃の想い出に浸りる時間が多くなる年代の私には、電波を通して一緒に時代を共にした方々がお亡くなりになるのは、いきなり現実に引き戻されるようでとても淋しい。
ご冥福をお祈りいたします。

昔(30年位前)よく見ていたのにある時からぱったりメディアでお見かけしなくなりました。
女性関係で引退されたと今初めて知りました。
75歳との事ですが私の中では40前後の若々しいイメージでストップしているので尚更驚きました。
ご冥福をお祈り致します。

一慶さんのパックインミュージックよく聴いてたな。あの声、軽妙なユーモア楽しかった。
あの頃は久米さんより人気ありましたよね。
テレビでも活躍されはじめて、女性問題から降板されて残念でした。
ときどき懐かしく当時を思い出すことがあります。
時代はちがいますが、今の宮根とか、みのだったらひらきなおって、平気ですずしい顔で出続けるだろうな。
しみじみと林美雄、愛川欽也、野沢那智いまは亡き、山本コウタロー、白石冬美と、今思えば、深夜放送がこんな贅沢なメンバーだったのはほんとうに贅沢なときを過ごせたと感謝したいです。

え、びっくり。。
かつては久米宏よりも人気があって、TBS、主にラジオの顔だったなー。
同僚、林美雄の追悼特番では見事なナレーションを聞かせていて。今度は誰がナレーションするのかな。

パックインミュージックで定期的に、小児がんで亡くなる女の子の日記を、番組フルで読み続けて、最後のコメントを涙ながらに読まれていたのを、昨日のように覚えています。
優しい面のたくさんある、素晴らしい方でした。
不遇の時代もあったかと思いますが、今はただ心からお休みいただきたいと思います。有り難うございました。

中学生の頃、勉強しながらラジオを聴いていました。

少し前にパックインミュージックの宣伝かなんかでTBSラジオに出演されていたと思うけど、年齢は感じるけど声のトーンとかハリなんかはあまり変わらないし、たまに久米さんの番組に出ていた時には久米さんの方が呂律が回ってない感じがあったので、まだまだ元気なんだと勝手に思っていた。
お悔やみを申し上げます。

自分はオールナイトニッポン派だから聞いたことはないけど、甲高い声で深夜に勉強している時に眠気を吹き飛ばしてくれるDJだった印象がある。深夜放送が始まった頃は今みたいにタレントじゃなく放送局のアナウンサーがやっていたけど毎晩聞いていた。晩御飯を食べたらすぐに寝て12時に目を覚ます。そして、午前5時にまた少し寝てちゃんと学校には行く生活だったな。

 

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